FOURTH DAY

2005年 7月23日

 

ベットに据え付けられたデジタル時計は11時を示している。

 

目を覚ますと今度こそ、ホテルの自分のベットでほっと肩を撫で下ろす。

さすがに、二晩も他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

何もかも嫌になって、逃げるように新潟にきたわけだが、

目的もなく来たわけだから、特に行きたい所もしたい事もないのだ。

 

昨日だって食堂のおかみさんにお世話になった後にバスに乗り継いだり、

町を歩いたりしたりしたが、特に面白いものも目新しいものもなかったのだ。

 

部屋のベットに供え付きのラジオからは、

ビートルズのノルウェーの森が流れている。

 

朝の寝起きの気だるい気持ちがよりいっそう強くなった。

頭がくらくらする。

 

ふと、アダプターに挿したままの携帯に目をやると、

着信ランプが点灯しているということに気づく。

 

 

受信トレイ1件

千早桜

 

 

僕は名前をみても数秒の間、千早桜がだれかを思い出す事ができなかった。

少し考えた後に思い出した、「あの4日前に新幹線であった人だ」と思い出した。

 

 

 

件名:おはよう

 

こんにちは、サエキ君。

 

新潟の一人旅満喫してる?

 

私、正直言うとちょっと飽きてます。

 

もし私と同じように暇だったら、

 

一緒にお茶でもしませんか?

 

12:00に駅前のドトールで待ってます。

 

 

 

僕も暇をしていたのと、一人旅が少し空しくなっていたことも有って、

 

「今起きたばかりだから、着替えたら行く。遅れるかも知れない」

 

と一行程度の簡潔な文で返事をすぐに送った。

たかが一件のメールで思わず、にやにやしてしまう自分が気持ち悪い。

こういうリアクションをとる辺りは僕も所詮は、年相応の男に過ぎないのだ。

 

ドトールにつくと、千早さんは文庫本を読みながら待ってくれていた。

 

「おひさしぶり、サエキ君」

 

「こんにちは千早さん」軽く挨拶をする。

 

お互いが、新潟のどこに行ったとか、何をみたとか

取りとめの無い話題を延々とした後に、

 

お互いがそもそも何で、一人旅をしようと思ったのかという、

本質を触れる部分の話題になった。

 

彼女は彼女のストレートの長い髪を、人差し指でクルリといじった後に言った。

彼女のどこか寂しげな顔と、その仕草が妙に艶っぽかった。

 

「彼と最近分かれたの、だからそんな彼のいるところから、

 

出来るだけ遠く離れたくて、東京から逃げ出してきたの」

 

彼女は、少し寂しそうな顔でそう言った。

 

「どうして彼と別れたんだい?」

僕は当たり障りのない質問を彼女に投げかけた。

 

「死んじゃったの。死因は脳溢血。私が目を覚ましてたら私の隣で

彼が死んでたわ。最初は死んだって事が信じられなかったから

揺さぶったり、叩いたりしたわ。

 

でも彼はまるで熊の剥製の様にカチカチになってた。

私は彼を触ってると昔飼ってた猫が死んだ時のことを思い出したわ。

ああみんな魂が抜けてしまうと同じようになってしまうんだっ…て。」

 

 

しばらくの沈黙の後で、言うか言うまいか少し考えた後に、

僕が話を切り出した「僕の母親は二年前に死んだ。

 

僕の母親はピアノの先生で、近くの音楽教室でピアノを教えていたんだ。

ある日ピアノのレッスンの帰りの途中、

 

家まであと30メートルというとことで、

近くのマンションの6階の階段の踊り場から38型のテレビが落ちてきた。

 

母の後頭部にズドン。即死だったらしい。

母の人生は前触れもなくそこで終わった。

 

まるでスイッチがONからOFFに切り替わるみたいにあっさりね。

病院の医師の話では母は即死だったそうだ。

 

苦しまずに死んだ事が幸いと医者は言ったが、

何が幸いなのか僕には全く理解できなかった。

 

引越しの運送業者の謝罪の言葉になんてとても耳を傾けることはできなかった。」

僕が母の死について他人に話したのはこれが初めてだ。

 

 

何で落ちてきたテレビなんかで死ななくちゃいけないのだろう?

 

「長い時間、父親も僕も母親の理不尽な死にうまく慣れることができなかった。

 

父さんは母さんが死んだ事でまるで心にポッカリと穴が開いたみたいになってしまったし、

 

僕もあまりにも唐突で理不尽な死を現実として受け止める事が出来なかった。」

 

「私たちは自分の死について選ぶことはできない」

 

僕は小さくうなずいた。

 

「いろんな可能性があるんだ。マンホールに落ちて墜落死とか、突然後ろからブスリとかね。」

 

「空から突然テレビが降ってきたり」彼女がつけ加えた

 

僕はうなずいた。

 

 

コーヒーを飲んだ後に、

僕は一日中、彼女と一緒に新潟の町を歩き回った。