SECOND DAY

2005年 7月21日

 

 

「おはようございます斎藤様」僕は安ホテルのモーニングコールで

目を覚ました。なんで斎藤隆夫(さいとうたかお)なんて

偽名を使ったかはうまく説明できない。

 

斎藤隆夫という名前は、受験勉強の日本史の勉強の時に参考書で

何回かみたぎりで特に彼自身に関心がある訳ではない。

 

強いて言えば、今の大学の入試の時に設問の一つとして出た。

だから潜在意識に強く残っていた。多分そんな理由で

彼の名前を借用したんだと思う。

 

まぁ。偽名で自然と思い上がるくらいだから、

彼に対して悪い感情を抱いてはいないということは間違いない。

 

 

自分で自分の行動の全てを上手く説明することなんてできないし、したくない。

あんまりなんでもかんでも逐一説明するとそれは総体として嘘になるし。

 

物事はそんなに単純では無いのだ。

 

取りあえずベットから出ると、充電していた携帯に手を伸ばす。

センター問い合わせ―着信0件。

 

無意識的にセンター問い合わせするあたり、新幹線で知り合った、

の千早さんからの、メールを期待していたのかもしれない。

 

 

やはり別れぎはに感じた通り、彼女とはあれぎりなのだろう。

なんとはなしにそんな諦めにも似た考えが頭をよぎった。

 

僕自身あんまりメールが好きじゃない、

というよりも人付き合いというもの全般が好きじゃないのかも知れない。

僕は、全体的に淡白なのだ。

 

僕は、安ホテルの不味い朝食を食べるのはごめんこうむりたいので、

近場の探検も込めて朝食を食いに出かけた。

 

行きは松屋で食べる事に決めていた。

どこにだって松屋くらいはあるだろう。

僕はどこか知らないところを歩くときは、必ず何かテーマを設ける事にしている。

 

例えば、音楽をテーマにするんならHMVとかタワレコとかヴァージンとか、

服をテーマにするならビームスとかシップスとかアローズとか、そんなとこだ。

 

実際、そうやってどこかに目的地定めて、そこを目的に探しながら町を歩いていると、

知らないうちに町の地理にも詳しくなってくる。

少なくとも私はそうだ。これは大学に入って、上京してから身につけた、

土地勘をつけるためのテクニックだ。

 

 

僕はホテルを飛び出して、松屋をテーマに町を探索する事にした。

地図なんかなくたって、松屋くらいであれば、小1時間程度もあれば見つかるだろう。

 

とりあえず、もっとも飲食店やお店が多いであろう、駅前に足を運んだ。

新潟駅近くにつき、まず最初にその駅の周囲をまわってみたが、

周りには特に目立つ建物は無かったし、それに肝心の松屋も見あたらなかった。

 

ホテルを出たのが、8時過ぎだというのに、時計の針は既に12時を指している。

知らない内に随分と歩いたみたいだ。

 

周りにはスーツ姿のOLやサラリーマンの姿がちらほら見え始めた。

 

「松屋は無いみたいだし、そろそろ適当な定食屋でも探そうかな」

 

僕は一人つぶやいた。実際、朝食をとるつもりが気づいたらもう

昼食時になってしまっている。

 

 

駅からすぐ離れた、どこにでもありそうなさびれた感じの裏通りを歩いていると、

定食屋が有った。看板には大衆食堂 斎藤と書いてある。

 

「やれやれ、斎藤か。僕がホテルで使った偽名と同じじゃないか。」

 

僕は店の前で少しの間考えた後、ここで昼食を食べる事に決めた。

店の外見や名前と同じく店の中も極々平凡な造りの定食屋で、

あまりにも特徴がないせいで、逆にその特徴が無いこと自体が

特徴になっているくらいだった。

 

「いらっしゃいませ」30くらいの若い女の人が奥から出てきた。

 

「すみません、何かここのお勧めを教えてくれませんか?」

 

「常連さんは斎藤定食をたのみますが、君みたいな若い子には

から揚げ定食なんかが人気ですよ」

 

「斎藤定食って、いったいどんなメニューがでるんですか?」

 

「鯖の味噌煮とお付け物と後の小皿は日替わりです。ちなみに今日の小皿は小松菜のおひたしです」

「じゃあ斎藤定食をお願いします」別に鯖の味噌煮が好きな訳じゃ無いし、

 

ましてや小松菜のおひたしに惹かれた訳じゃない。

ただ油物を食べる気が起きなかったし、それにこういう定食屋で

食べる揚げ物は往々にして不味いからだ。

 

これは僕の経験上の判断というだけで、ただの偏見かもしれない。

 

鯖の味噌煮を食べながら、ぼんやりと店のテレビの方に目を向ける。

テレビの内容は、兵庫で震度4の地震、アメリカとインドの戦争、

 

内閣の支持率低下、失業者の増加、そんな日常化されたおきまりの

トピックの後に、ニュースの最新の科学技術の特集が組まれていた。

 

 

それはドイツの最先端の装置の特集で、特殊な光線を被験者に当てると、

その無色の光を浴びた人間に様々な色が浮かび上がるという内容だった。

 

その浮き出てくる色はその被験者のその時の精神状態によって

変わるという。だいたい要約するとそんな内容のことを話していた。

 

「この技術によって、人々のストレスなどの精神状態を色によって

把握する事ができ、遠くない未来フィジカル面だけではなく、メンタル面の

 

 

健康状態も管理することによって、人々はより健やかに生活できるようになる」

とはドイツの科学者の弁。

 

僕がその特集に興味を持ったのは、そのVTRに映されている

被験者の中の一人に、光を当てられた時に体から

文字らしき物が浮かびだしたと点だ。

 

その瞬間、確かにその被験者から、文字のような物が

浮き出ているシーンが数秒間TVに映しだされていた。

 

まだ「文字のようなもの」というだけで、文字決まった訳ではないし、

その文字らしき物も数秒で消えたから、何か一時的な被験者の体内の電気の変化が、

結果として文字のようなものに見えただけかもしれない。

 

 

 

昼食を食べてから、うだうだと取りとめなく

TVを見続けていると、時計の針はもう5時を指していた。

 

今日もいつもどうりに何事もなく一日は終わるようだ。