神は6日で世界をつくりあげ、7日目に休息をとった

 

旧約聖書 創世記第一章

 

 

世界は6日後に終わる

 

これは既に確定したことだ

 

だけど誰もその最後の日が6日後に訪れる事に気付くことは無い

 

そう最後のその瞬間でさえ

 

ただ、6日後には世界は終わる

 

これだけは誰にも変える事ができない事実なんだ

 

 

 

FIRST DAY

2005年 7月20日

 

 

「こんにちは」僕は新潟行きの新幹線の中で突然声をかけられた、

声を掛けてきた相手の顔に見覚えは無い。

 

声をかけてきた彼女は、タイトなジーンズと淡いピンクのTシャツという

いたって機能的ななスタイルだが、着こなしのせいか、都会から来たであろう

事を感じさせる洗練された感じが滲み出ている。

ボーイッシュな外見と彼女のストレートな長髪とのギャップが非常に女性的だった。

 

「失礼ですが、どちらさまですか?」僕はこたえた。

 

「暇をしているみたいだったのでお声がけさせて頂きました。

 

私は実家に帰省しているところですがあなたは?」

 

少し返事を考えた後に僕は答えた

 

「僕も実家に帰るところだよ、ところで君はどこに向かってるの?」

 

実際は彼女の行き先になんて関心があるわけではないが、

とりあえず渡された言葉のボールを投げ返す。

 

彼女は少し微笑んで「私は越後湯沢までです」

 

「僕は長岡まで、君は僕のひとつ前の駅だね」僕は答えた。

 

嘘だ。帰省が目的というのも嘘だ。

実際は、僕は大学を一週間ほど自主休校にして新潟に一人旅

(という名の逃避)をする為に東京から出てきてるだけだ。

 

旅をするといっても特にどこかに行きたいとか、目的が有るわけではない。

新潟という目的地だってなるべくうんざりする今の環境から、できるだけ

 

距離的に離れたかったから選んだだけで、特に意味は無い。

お金が有れば、北海道でも、沖縄でもどこでも良かったのだ。

 

彼女はしばらく考えをめぐらせた(実際に考えているのか知らないが

そのように見える)後に、少し目を細めてつぶやいた「長岡」

僕は彼女の次の句を待った。

 

「長岡には一度行ったことがあるけど、あそこは何もないところだよね」

彼女はあまり関心が無さそうに答えた。

 

僕の実際の目的地は新潟なわけだが、実家が長岡の人が聞いたら心中

穏やかじゃないだろう。だけど、彼女を弁護するつもりは無いが。

実際長岡には何もない。僕だって長岡に興味が在るわけではない。

 

今となっては長岡と言う、特に語るネタを持ち合わせていない地名を

とっさに出してしまったことに正直言うと後悔している。

 

「ところで、長岡に行ったことがあるって言ったけど、

君はなんで長岡に行こうと思ったの?」僕は言った。

 

眉間に少ししわをよせて彼女は答えた「うーん何でだったかな?…

そうそう、長岡の花火大会を見に行ったんだった。高校の時」

 

その後、長岡の花火大会の様子を事細かに説明していたが、あまり

内容は覚えてない。とにかく、彼女の話を聞く限り漠然と

長岡の花火自体は、なかなか立派なもので有るということだけは分かった。

 

 

「だけど、それ以外はなんにも無かった気がする。何にも。」彼女は続けた。

 

確かに長岡には特徴のある建物や観光スポットは無い。

少なくとも新幹線の窓から見た私の印象はそうだ。

 

「住んでみるとまた違うものなのかな?」突然、私にボールを投げ返される。

 

「ああ、長岡ね、確かにこれと言って話すことは無いかもね」

 

あいまいな言葉で言葉を濁した。長岡の花火大会くらいしか

知らない私が、饒舌に長岡を語れるはずもないわけで。

 

新幹線の窓から外を眺めるとあたり一面に水田が広がっている。

 

 

「ねえ、君の名前は?」彼女は言った。

 

「佐伯(さえき)」僕は答えた。

 

「サエキくん?どんな漢字書くの」

 

空中に指でなぞった、佐伯。僕の名前だ。

 

「ふーん、結構難しい漢字みたいだね、私は千早桜(ちはやさくら)」

 

「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれないに水くくるとは」

 

覚えていた句を一息で詠んでみた。

 

「なにそれ」少しおかしそうに彼女は笑った。

 

「在原業平の詠んだ歌なんだけど、受験のときの古文の典型例文にそんなのがあってね」

 

列車のアナウンスが会話を遮る。どうやら、彼女の目的地の越後湯沢についたようだ。

 

「越後湯沢」彼女は一人つぶやいた。

 

列車の扉は開いているが彼女が降りる気配は無い。

 

「降りないの?」僕は言った。

 

彼女は二三秒考えた後に

 

「実家が越後湯沢ってのは嘘なんだ、だからさっきの帰省というのは嘘。

 

私は逆に東京の実家から家出してるところなの。だから本当は別に

 

越後湯沢じゃなくていいし、それに越後湯沢じゃ宿泊費が高そうだしそうだし、

 

君と同じ長岡で降りようかな。」

 

「実は僕も帰省とか行き先とか嘘で、本当は新潟までいくつもり。

 

そうだな目的も大体君と同じかな」

 

このまま嘘をつくのも面倒なことになりそうなので僕は白状した。

実際大体のところ同じである。

 

「へぇ、じゃあ私と同じだ」彼女はくすくすと少し嬉しそうに答えた。

 

お互い嘘を言い合ってたことが妙に愉快だったようだ。

電車が新潟駅に止まった。

 

「そうだ、新潟駅についたら分かれなくちゃいけないから今のうちに、

お互いの携帯アドレス交換しようか?」彼女は言った。

 

僕はポケットから携帯を取り出して自分のアドレスを教えた。

 

 

「カフカ?面白いアドレスだね、もしかして村上春樹の小説から採ったの?」

 

「いや違うよ、フランツ・カフカ、ドイツの小説家から拝借させてもらってるんだ」

 

「君のアドレスは名前と誕生日を組み合わせた奴みたいだね。」

 

「うん、私のアドレスは何故か迷惑メールが結構くるんだよね、普通のメール

より多いくらいじゃないかな?でも私は別にそんなに嫌いじゃないの迷惑メールって」

 

「なんとなく分かるよ」僕は答えた。なんとなく分かる。

 

お互い寂しいタイプの人間なのだろう。

そうじゃなければ、僕みたいな奴に声なんかかけないだろうし。

 

ましてや、メール交換をしようなんて言わないだろう。

新幹線は停車し、その刹那自動扉が開く。終点の新潟駅だ。

 

「じゃあこれでお別れだね、バイバイ佐伯君なにか有ったら連絡してね」

 

「ではまた。千早さん」ではまたとは言ったが、もう会うことも無いだろう。

 

僕達は電車から降りると、それぞれ別々に歩き出した。ここが新潟だ、

特に変わったところは無い。どこにでもあるいたって普通の町だ。

 

もしかしたら、今の時代ではどこに行っても同じなのかもしれない。

ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

 

外は薄ぼんやりと曇っている。