こんにちわ。最近は暇さえあれば(暇しかないけど)Twitterばかり

見ていてブログの更新を怠っている東ゼロです(;´・ω・)

 

タイトルは寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」を文字ってます。

(寺山修司さんは私が敬愛する作者の一人です。)

 

さて、今回は自分自身が学生時代に読書経験について振り返ってみたいと思います。

画像粗いのは昔の写真だから許してね(m´・ω・`)m

 

東ゼロはどんな本を読んできたか?

 

 

残念ながら学生時代の本棚の写真は、携帯の写メで撮ったこの写真しかなかったので、

背表紙でしか確認することができなくなっているのですが、この写真を見る

限り岩波文庫の本を読むことに性的な興奮を覚える倒錯した人間だったようです。

※薄茶色の文庫本が岩波文庫の本です。

 

岩波文庫の本は旧字体が使われたりと少々読みづらいのですが、

新潮とかでは扱っていない面白い本があるのが特徴です。

 

例えば、夏目漱石と正岡子規の手紙のやりとりを本にした

『漱石・子規往復書簡集』なんていうのは岩波ならではて感じです。

 

夏目漱石の人間臭い面をリアルに感じることができる作品で、

この本を読んだ前と後では夏目漱石の小説をまた違った

角度で読み解くことができるようになります。

 

別の本ですが夏目漱石の『漱石日記』はわりと素朴な愚痴が多くて

漱石好きいはこれも併せて読んでいただきたい本です。

 

ブロガー的な観点で言うと、正岡子規の『病牀六尺』も闘病ブロガーの

ブログ的な感じで興味深く読める作品です。この小説では正岡子規が

 

病気を患ってから死ぬ2日前までに書いた日記をまとめたものなんですが、

まったく病気で取り乱したようすもなく、ユーモアや冗談がおちゃめな

感じで、ちょっと粋な感じの手書きの挿絵もあって面白い作品です。

 

文庫小説で本棚の右から左へ埋めるのって意外に大変なんですよね。

なにせ50冊の本が必要になりますからわりと大変です(;^_^A

 

当時は本棚が徐々に埋まっていくことにやりがいや達成感のような

ものを見出していたようです。感覚的にはまっさらなポケモン図鑑を

埋めるのと同じような感じだと思います。

 

ちまちま隙間が埋まっていくのはなんとも言えない

快感があるのは間違いありません。

 

一方で学生時代は斜に構えたところがあったので、

いわゆる『自己啓発本』や『ノウハウ本』などについて

は読まないようにしていたようです。

 

今思えば変にバイアスかけてた点はあったのでそれは

もったいないことをしたかなって気はします。

 

学生時代にはいわゆるアカデミックなもの、衒学的(げんがくてき)

なものに対する憧れが強かったので、新宿の紀伊國屋ホールの

識者の対談なんかに足を運んで聞きに行ったりもしてました。

(なんとなく感動して、しばらくしたら何を聞いてきたのか忘れるようなたちでした)

 

書いていたらタイピングが止まらなくなってきたので、今回はここまでにします。

お勧めの本については、別の記事で5,000字程度で書きたいと思います。

 

 

社会人に入ってからはどんな本を読んでいたの?

 

ぶっちゃけ言うと10年くらいまるっとまともに本は読んでませんでした。

ストレスや向上心の喪失など理由は多々あるのでしょうが、

とにかく難しい本は脳みそが拒絶するようになっていたからです。

 

そんな私が唯一読んでいた本が西尾維新さんの小説です。

 

戯言シリーズ

 

刀語シリーズ

西尾タワー(化物語や病院坂シリーズ)

 

社会人になってからの私は何故か堅めの本を頭が受けつけなくなり、

学生当時はあれだけ好きだった岩波文庫の本が全く理解できなくなってました。

単語帳や文法や資格系の本なんてもっての他でしたね・・・(-_-;)

 

この現象は多分私だけではないと思います。私の場合は社会人になってからは

基本的にゲーム、漫画、アニメとかしか脳が受け付けてくれない状態になってました。

 

私自身の分析ではストレスによる脳の過負荷と、たいして努力しなくても

会社にしがみついていればくいっぱぐれないから、努力しても無駄

っていうような虚無感というか、諦観があったのだと思います。

 

上述のジャンルの趣味がいわゆる古典小説よりもレベルが低いなんて思っているわけ

ではありません。逆に私はアニメ・漫画・ゲームに救われていた側であり、

願わくば、いわゆる秋葉原的界隈でメシを食ってければと思っている人間ですので。

 

ですが今となって考えると、古典文学や少なくとも話題になった小説くらいは

目を通す心の余裕と知的渇望があってもよかったのではないかなと思ってます。

 

学生時代にあれだけ憧れていた村上春樹の新作も目を通さなくなっておりましたし、

ライトノベル以外の小説という小説は脳が拒否反応を受け付けなくなってました。

 

これまで と これから

 

 

少しずつ本や資格のための勉強を再開しようという意欲が復活してきたのも、つい

1年ほど前くらいからです。これは、おそらく生存本能的に『このまま堕落したら死ぬ』

というような危機を感じて、緊急やる気スイッチが作動したためだと考えています。

 

人生の3分の1の学習する時間をまるまる捨ててしまったので、それをリカバリー

するためにこれからは積極的に本を読むという習慣を維持していきたいと思っています。